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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)94号 判決

愛知県岡崎市矢作町字末広九番地三四

上告人

高木サツ子

右訴訟代理人弁理士

高須譲

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行ケ)第一六〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高須譲の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

(平成七年(行ツ)第九四号 上告人 高木サツ子)

上告代理人高須譲の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼす明らかな法令の違背があるから破棄を免れないものである。

一、原判決はその判決書第二二頁第一七行乃至第二三頁第一〇行の記載において「本願考案のように、枕詰物用粒子を小面積の平行上下平面と凸円曲した周側面により囲むとする形状、及び、上記二つの考案のように、中空充填材を断面ほぼ楕円状とする形状は、いずれもそれぞれに枕の安定支持性、流動性及び通気性を考慮のうえ採用された形状であるとみることができ、また、枕詰物用粒子としては曲面体より平面体の方が流動性には欠けるものの安定性が得られるということは、技術常識であるといえるから、本願考案のように、枕詰物用中空粒子の流動性と安定性を考慮して、従来周知であった断面ほぼ楕円状の形状に代えて、これを小面積の平行上下平面と凸円曲した周側面により囲まれた扁平な形状とする程度のことは、当業者にとって、格別困難なことであるとは認められない。」と説示している。

しかし乍ら、本願考案の薄肉扁平中空粒子における小面積の平行上下平面は、単に粒子の流動性と安定性のみを考慮の対象としたものではなく、荷重負荷に応ずる円滑な凹曲変形及び荷重の減少除去に従って原形に復元する弾性変形性を得ることを重要な条件として考慮して、その形状を決定したものである。

すなわち、引用例に示された中空粒子は、一定曲率半径の球曲面を有した安定した形態のものであり、たとえその材質を弾性変形性を有する熱可塑性合成樹脂としてもその球曲凸面を平面となる方向への変形応力は大であり、さらに平面状に変形した時点で、急激に反転凹曲変形を生じて弾性的支持性が激減ししかもその凹曲変形状態は弾性復元し得ないものであり、したがって引用例の明細書中には粒子の形状に基づく弾性変形性については全く触れていなかったのは理の当然であると認められる。

また、前記説示における「上記二つの考案」とは周知例一、二を指すものであり、これらには何れも断面楕円状断面の扁平管状詰物粒子が示され、特に周知例二にはその材質を熱可塑性合成樹脂として弾性変形性とすることが記載されている。

そして、前記周知例一、二に示される扁平管状粒子は管の中心線を横切る断面形が楕円形であるが、管の中心線を含む切断面形はその対向壁面の切断面が平行する直線状をなすものである。

前述のとおり公知例、周知例一、二には枕の詰物用中空粒子を、断面楕円形を有する扁平球状とすることについては全く触れるところはなく、まして本願考案の扁平中空粒子の形状として小面積の平行上下平面と凸円形した周側面で囲まれた扁平球状とすることについては何等の示唆もなく、その断面形は前記の周知例楕円形とは異るものであり、たとえ、扁平中空球状の断面形を周知例一、二に示す楕円形としたとしても、その外面はすべて凸球曲面を有しているので、引用例の中空球とほぼ同様に押圧に対する円滑な弾性変形性及び凹曲変形した場合の円滑な弾性復元性を得ることが困難なものである。

したがって曲面体より平面体の方が流動性に欠けるものの安定性が得られるということが、枕詰物用粒子の技術常識であったとしても本願考案の中空粒子における小面積の平行上下平面は単に流動性と安定性のみならず該面における円滑な弾性変形性を付与するとともに枕内における多数の粒子の重績安定性を得ることができるものであるので、本願考案の前記の形状とすることが当業者にとって格別の困難性はないと結論することは、本願考案を見た上の後知恵に属するものであって到底採用されるべきものではない。

二、原判決は、その判決書の第二四頁第十七行乃至第二五頁第九行の記載において、「枕詰物用中空粒子の形状を考案するにあたり良好な寝心地を確保するため、その通気性及び弾性変形性を考慮することは、むしろ当然であり、たとえば周知例二記載の考案における中空状の合成樹脂短片についても、全体の大きさを変えずに中空部を大きく開口すれば通気性及び弾性変形性が増加するであろうということは、当業者であれば、容易に予想し得ることである。

そうすると、審決が本願考案における開口の大きさの数値限定につき格別の意義はないとし、その大きさは、当業者が、強度や通気性を考慮して適宜なし得る程度の設計変更にすぎないとした判断に誤りはないというべきである。」と判示している。

しかし乍ら前記の判示中の周知例二の記載の考案における第三図の円柱体の円形中空体、第四図の楕円柱体の長方形中空体は何れも管状体であり、その中空部の開口形の大きさを変えることによって管部壁厚が変更されて強度と通気性が増減変更されるものであるのに対し、本願考案における薄肉扁平中空粒子の一対の対向側面のそれぞれの中央に設ける開口は、その薄肉周壁の厚さを変更することなくその開口面積を粒子空腔断面積の二分の一乃至五分の一の大きさとすることにより通気性と残存する側壁部分による弾性変形性を適度に保持し得るものとしたものであり、したがって両者の開口部は構造及び作用において全く別異のものである。

しかも、本願考案における開口の面積の数値限定が、実験的に決定したものであるからといって考案の構成を不明瞭にするものでなく、これによって実用新案登録請求の範囲を明確にするものであり、したがって該数値限定に格別の意義なしとし、その大きさの決定は単なる設計事項にすぎないものとの認定は本願考案の開口と周知例の開口との構造、作用の相違を看過した誤った認識の下になされたものであると言う外はない。

三、さらに、本願考案は前記一における扁平中空粒子の形状と、前記二における対向側壁にそれぞれ設けた開口によって粒子への荷重変動に従って粒子内容積が変動しこれに伴って空気の積極的な呼吸作用を生ずるものであり、この中空粒子を多数充填した枕は該粒子の呼吸気作用によって積極的に枕内部の換気がなされるとともに、開口を通じて生ずる流速の大なる気流は、その周縁の他の粒子に対して冷却作用を及ぼし、該扁平中空粒子が薄肉周壁によって構成されてその熱容量が小であることと相俟って、体温たよる枕の昇温を抑制することができる効果を奏するものであり、こような作用効果については引用例並びに周知例一、二には全く開示されていないものである。

四、以上のとおり、本願考案と引用例、周知例一、二記載の考案との相違点についての原告取消し請求の事由に対する被告の反論主張は誤りであるにかかわらず、被告主張に誤りはないとした認定判断には審理不尽、理由不備があるものである。

従って、本願考案は引用例に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができるとし、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができないとの審決を是認した原判決は法令に違背するものであることは明らかである。 以上

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